儚くて、白い、ひとひらの

ことばたちは舞う雪のようにはかない。

美しい花

第一世界での激動の旅が終わり、俺もようやく、休息を取ることができるようになった。

 

仲間たちは、原初世界に帰れないなら、まだこの世界でやるべきことがあると各地に散っていった。俺は、この世界に召喚されてからは、ずっと動き続けていたので、この美しい世界の風景を、立ち止まってみることすら出来なかったことに気づき、今更ながら世界を巡ってみようと思い立った。

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少し前、俺は、妹に、心配させない程度の近況を綴った手紙を添えて、甥っ子が健やかに育つことを祈って買った、クリスタルでできたアクセサリーを送った。そして、一つ調べて欲しいことがあることを手紙で伝えていた。

 

そろそろ返事が来る頃かもしれない。

そう思って石の家に帰ると、タタルが手紙と小さな荷物を預かっていてくれた。

 

「妹さんからお届けものが届いていまっす!たしか妹さんは園芸師さんでしたね?荷物からお花のイイ香りがします〜。」

 

彼女は嬉しそうにしている。

せっかくだし、タタルも中を一緒に見るかい?と誘うと、目を輝かせて頷いた。

 

小さな荷物を開けると、紫の小さな花がついた花束がつめらていた。

 

「可愛らしい花ですー!花を見ると幸せな気持ちになりまっすね!何というお花でしょうか?」

 

俺も花の名前は知らないんだ、と答え、せっかくだからひと束、石の家に飾るといい、と花束を手渡した。タタルは嬉しそうに、アリアヌと一緒に、部屋の奥に花瓶を探しにいった。 

 

俺は妹からの手紙を確かめた。

甥っ子に手を焼いていること、俺にも面影があることなどが綴られていて思わず目を細める。

家族が元気でいることが、俺の何よりの活力でもある。

 

そして、手紙の最後に、調査を依頼した件についての答えが綴られていた。

 

「みてください、冒険者さん!部屋が一気に明るくなりました。お花はやっぱりステキな力がありますね!」

 

タタルの声に顔を上げる。

小さくて美しい花がカウンターの上に飾られている。

 

「この花は、紫苑(シオン)という花らしい。この花の花言葉は…」

 

俺はそこまで言うとことばを詰まらせた。

タタルがハッとした顔で俺を見た。

 

「…泣いて…いるのでっすか…?」

 

俺は自分の顔に手をやった。気がつかないうちに涙が流れていた。あの闘いの中でも、涙を流すことなんて一度もなかったのに、俺は、泣いていた。

 

生きていること、前に進んでいくしかないこと。このあたり前の不可逆の世界が、こんなにも眩しいことを俺は知ってしまっていた。未来はいつだって今より明るく見える。まるで進むべきはこちらだと指し示すように。

 

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第一世界に戻った俺は、妹が送ってくれた紫苑の花束を手に、ひとりテンペストに向かった。

 

エメトセルクの存在が消えた後も、彼の作り出したアーモロートを模した幻影都市は、その姿をそのままに残していた。俺は、その都市が見渡せる場所を選んで、腰を下ろした。

 

そう言ったところで、思い出すわけもないか。

 

そう呟いたエメトセルクの姿が思い出される。俺はその言葉の真意を心の何処かで気がついていながら、直視しようとは思わなかったのかもしれない。

 

エメトセルク、お前にとって、俺が生きていた時間なんて、呼吸をするよりも短いかもしれない。だがその中で、俺はたくさんの出会いとともに、たくさんの命との別れを経験した。去っていったものたちは星へと還り、それは取り戻すことはできない。時は不可逆なんて、当たり前の理だったはずなんだ。

 

だがお前は、失ったものを取り戻す、その術を知ってしまっていた。お前は問いかける、お前には取り戻したいものはないのか、そしてそれが取り戻せるなら、私と同じ行動をとったはずだ、とー

 

だが、きっと、エメトセルクが取り戻したかったもののかけらたちは、もう、自分の人生を生きてしまった。過去の先である未来を生き、お前が取り戻したいものとは違うものになっていたのだ。きっと、俺自身も。

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妹に貰った手紙を開く。

 

"兄さんからお願いされた、アーモロートとという都市に咲いていた花、アルフィノさんのスケッチを見せてもらったけど、おそらく藤の花じゃないかと思うの。東方では、この花を棚にして楽しむそうだけれど、これは自生した藤の花だと思う。実際に見てみないとわからないけれど。

 

藤の花の花言葉は、"歓迎"そして、"あなたを離さない"などがあるそうよ。蔦となり絡めつくその姿がそうさせるようね。

 

それと、この花に答える花言葉の花を用意してほしいとのこと、私なりに悩んだけど、紫苑を選んでみたわ。

 

紫苑の花言葉は、"君を忘れない"よ。

 

兄さんが花を用意してほしいなんて、女性にあげるわけないわよね。きっと、去りゆく人に捧げるためだと想像したの。藤の花のようにきっと大切なものを守るために尽力したひとなんでしょう。

 

もし、その大切なものとともに消えていったのならば…その人が守ろうとしたものは、私たちは覚えていてあげたいわね。

 

そう思ったら、藤の花へのアンサーは、紫苑しかないと思ったのよ。

 

息子が生まれて、人が人を生む意味を考えるようになったの。きっと、美しいこの世界を覚えているひと、守るひとを繋ぐためなんだって、最近は考えるの。"

 

俺は手紙をたたんで鞄にしまうと、足元に紫苑の花を手向けた。

 

エメトセルク、お前は最後まで、俺の敵だった。分かり合えたとも思っていない。

俺は俺の旅路の中で、多くのものを背負いすぎた。光を溜め込みすぎた、あの俺は、その姿そのものだったのかもしれない。

 

だとしても、世界が統合し、ここではない世界が復活するのも、背負ったものを誰かが代わりに背負って次元の狭間に消えるのも、それは違うんだ。もう、俺という英雄が、人の思いを記憶し、引き継いでいくしかないんだ。俺自身が、もうそこまで生きてしまったんだ。

 

俺はお前のことを決して忘れない。

お前がたしかに生きていたことをいつまでも覚えていよう。

 

俺はそう呟いてテンペストを後にした。

 

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クリスタリウムに帰った俺は、久しぶりに水晶公の元へと向かった。

 

本の山に囲まれた机に突っ伏して、何かを書きながらうたた寝している水晶公がいた。

起こさないように近くにあった毛布をそっとかけて、部屋を後にする。

 

未来を俺に繋いでくれてありがとう。

これからは俺が君を、未来へと繋ぐ。

そして、全ての世界を救えるか、なんて無茶苦茶言ってきたアイツの願いも繋いでやる。

 

英雄の名を背負わせられているんじゃない。

ただ人の思いを、未来に繋いでいくんだ。

それが俺自身の希望と言えるものだ。