儚くて、白い、ひとひらの

ことばたちは舞う雪のようにはかない。

"光の道"

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アラミゴ奪還作戦が成功し、周囲が落ち着きを取り戻した頃、アイメリク卿から、たまにはイシュガルドにも顔を出さないか、と俺の元に書簡が届いた。

思えば、ニーズヘッグを退けて以来、イシュガルドからは足が遠のいていた。アラミゴの作戦の時も、アイメリク卿とはことばを交わしてはいたが、あの緊張感の中では昔を懐かしんでいる余裕などなかった。あの時の協力の御礼などもまだだと思い起こし、暇をもらってイシュガルドへ赴くことにした。

 

いくらなんでもあの極寒の地へ薄着で行くわけにはいかないと、自宅の納戸に収められたグレイシャルコートを探していると、壁にもたせかけているゲイボルグが目に入った。竜騎士から侍に転職してからは、手入れをすることも少なくなり、すっかり埃を被ってしまっていた。

時々は出して磨いてやらないとな、と思いつつもなんとなく目を逸らし、お目当てのコートを見つけると、納戸を後にした。

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久しぶりのイシュガルドは細かな雪がしんしんと降り積もり、静寂に包まれていた。俺は足早にアイメリク卿の元へと向かった。

部屋に入ると膨大な書類に囲まれたアイメリク卿が目をこちらに向けた。久しぶりだな、と言った彼の目が、俺の姿を見て丸くなった。

「作戦の時は槍を背負っていたはずだが…いつの間に持ち替えたのだ…?」

俺は少し気まずさを覚えて、頭をかき、最近ちょっと心変わりがありましてね、などと苦笑いを浮かべてやり過ごした。なるほど、というとアイメリク卿は部下に仕事をひとつふたつ指示すると、俺を客間へと案内してくれた。

 

「今日君を呼んだのは、ゆっくり話をしたかったのもあるが、もう一つは、皇都の竜騎士たちの行く末について相談したいと思っていてね…」

いつものように、紅茶にバーチシロップを入れながら、アイメリク卿は切り出した。

竜騎士たちの行く末…ですか」

「そうだ。竜詩戦争が終結した今、イシュガルドでの竜騎士の役割は、大きく変わらなければならないと感じている。まだ眷属たちの討伐などの役割は残っているが、彼らが今まで果たしてきた、ドラゴン族を退ける、という本来の役割は小さくなりつつある。そこで最後の蒼の竜騎士である君に、その生き方を導いてもらおうと考えていたのだが…」

アイメリク卿の目が自分の腰元の刀に向くのを感じた。

「…俺は蒼の竜騎士だとか、英雄だとか周りから付けられた名前が苦手で…俺自身はまだひとりの冒険者として自由な身でありたいんです。竜騎士のことなら、もっと貴方には、力になってくれるご友人がいらっしゃるではないですか」

俺の言葉に、アイメリク卿は少し困ったような微笑みを浮かべた。

エスティニアンはもう竜騎士の名を返上しているし、何よりもう、何かを彼に背負わせるようなことはー…」

そこまで言って、気まずそうに俺に紅茶を注いだ。

「すまない。だからと言って君に何かを背負わせていい理由にはならないな」

俺は笑うと、今回の旅の中でエスティニアンと再会した話を彼に話した。そしてエスティニアンが、アイメリク卿と同じ、竜騎士の新しい生き方を探していたことを話した。

「やはりふたりは素晴らしいご友人だということなんでしょうな」

「…それは驚いたな。彼も彼なりに前を向いて生きているということか…」

アイメリク卿は窓の外に降りしきる雪に目をやって、少しの間を置くと、俺に向き直ってこう聞いた。

「教えてほしい。君の考える新しい生き方とは、武器を持ち替えて戦うことだったのか?」

「俺の考える、生き方…ですか…」

俺はエスティニアンから同じ質問をされていたことを思い出し、ふたりはやはり親友と呼ぶに相応しい、と心で微笑みながら、昔の記憶を辿った。

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あれはいつの日のことだろう。

そうだ、エスティニアンとイゼル、そしてアルフィノと、フレースヴェルグに会うために、白亜の宮殿に向かった時のことだ。4人で焚き火を囲み、共に過ごした夜のこと、イゼルの作ったシチューを食べたあと、腹ごなしに俺はエスティニアンと少し槍の手合わせをした。

「お前の太刀筋は自由だな。荒削りだが、皇都の竜騎士には無い柔軟さをもっている」

エスティニアンはそう言って俺のことを評価してくれた。

「独学で槍を学んだようなものだからな。槍術士ギルドにいたこともあるが、年齢が高くなってからのことだから我流が抜けなくてな…」

俺は息を切らしながら返した。

「そもそも、お前は数ある武器の中から、どうして槍を手にしたんだ?」

エスティニアンはそう聞いてきた。俺はしばし考えを巡らせた。

「…俺は霊災で両親を亡くしたあとは、妹を食わせるために精一杯でな。グリダニアで木こりのようなことをして生計を立てていたんだが、長い木の枝を槍に見立てて槍術士の真似事をしていたのさ。森で出会う魔物たちを追い払うのにも役に立ったしな…理由なんてあってないようなものさ」

ふむ、とエスティニアンは頷くと焚き火の側に座り薪を投げ入れた。

「羨ましい限りだな。俺が槍を持った理由は、あの忌々しい竜どもに、家族を殺されたことへの報復をする為ー言ってみれば俺自身が決めたことではなく、あいつら竜族に背負わされたものだっていうことなんだ。俺は俺自身で生き方を決めたなんていうことがないんだ」

俺が黙っているとエスティニアンは続けた。

「だからこそ、この復讐が終わってしまったとき、俺自身が生きて行く理由があるのだろうか、本当は少しだけ怖くはある。…なあ、冒険者と呼ばれる自由の身であるお前が、英雄とよばれながらも、お前自身として生きて行く理由とはなんなんだ?聞かせてくれ」

俺は満天の星空を仰いで目を閉じた。

「…そんなこと、今の俺にもわからないよ。だがエスティニアン、お前が戦うのも、復讐が全てだというが、お前自身がいちばん、その過去から自由になりたくて闘っているように俺には思えるんだ。お前の戦いは、裏返せば、お前自身の自由への道だと思えば光の道なのかもしれないぜ?」

エスティニアンは俺のことばには答えなかった。いつのまにかイゼルとアルフィノは焚き火の周りで寝息を立てていた。

光の道ー俺が発した安っぽいその言葉は、深い闇の中に吸い込まれてあっという間に消えて無くなるほど頼りないものだった。

 

 

「俺はいつまでも自由でいるために、光の道を歩む覚悟で生きているつもりでいます。英雄とよばれても、光の戦士と呼ばれても、俺は俺自身である為に自由でありたい。この刀は、その決意でもあるんです」

長い記憶を巡って、どれくらいの間があったかは自分でもわからないが、俺はアイメリク卿に向かってまたそのことばを述べた。

「槍を持ち続けることが、俺自身の全てだと思っている時期がありました。でも誰かを守るのは武器ではなく、俺自身であることに気がついたんです。俺自身でかけた、俺自身への呪縛への解放を、新しい武器を持つことで示したかったんです」

アイメリク卿はそれを聞いて微笑んだ。

「君自身の自由、か…そうだな、答えが見えてきたような気がする。イシュガルドの民は今まで、歴史に理由づけられ、縛りつけられて生きてきた。その理由がなくなった今、彼らが戦うべき理由を、自分自身の手で見つけ出さねばならないということなんだろうな」

アイメリク卿とはその後も、イシュガルドの未来や、アラミゴが辿るであろう苦難などについて夜が更けるまで語り合った。窓の外には静かに雪が降り続いている。

 

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アジムステップでエスティニアンと再会した話には続きがある。

 

一連の話が済んだあと、エスティニアンから最近槍の調子はどうだ、と聞かれた。

俺は最近自分の竜騎士としての生き方に悩んでいる、と答えた。新しい技などを覚えていってもその性能を引き出すことも出来ず悩んでいると。

「なあ相棒、あの時俺に話したこと覚えているか?」

俺が首を傾げて考えていると、エスティニアンは肩をすくめて笑った。

「俺に言った、自分自身の自由の為の闘いは、光の道だ、って話だよ。竜詩戦争が終わった今、俺はあの時のお前のことばを噛み締めている。俺自身の光の道はどこに続いていたのか、今辿っているところさ」

エスティニアンは俺の目を見つめて言った。

「相棒、お前はあの時よりも多くのものを背負いすぎて、今の俺より自由を失っているように思える。お前もあの時俺に語ったときのように自由にあるべきだ。俺たち蒼の竜騎士の役目は終わった今だからこそ、それが示せるんじゃないか?」

俺はエスティニアンのことばに心が軽くなるのを感じた。俺はエスティニアンの顔を見て、深く頷いた。

「俺たちは槍を背負っていなくても、運命が導くならまた道が交わる時がくる。その時は互いに誰よりも自由でいよう」

エスティニアンはそういうと、背を向けて去っていった。

 

俺は俺自身の生き方をする。

 

ウルダハで東方からきた侍の話を聞くのは、俺がそう決断したすぐ後のことだった。